神の始

原文

  1. `遠野の町は南北の川の落合に在り
  2. `以前は七七十里とて、七つの渓谷各七十里の奥より売買の貨物をめ、其市の日は馬千匹、人千人の賑はしさなりき
  3. `四方の山々の中に最も秀でたるを早池峰と云ふ
  4. `北の方附馬牛の奥に在り
  5. `東の方には六角牛山立てり
  6. `石神と云ふ山は附馬牛達曾部との間に在りて、その高さ前の二つよりも劣れり
  1. `大昔に女神あり、三人の娘を伴ひて此高原に来り、今の来内村の伊豆権現の社ある処に宿りし夜、
  2. `今夜よき夢を見たらん娘によき山を与ふべし
  3. `と母の神の語りて寝たりしに、夜深く天より霊華りて姉の姫の胸の上に止りしを、末の姫眼覚めてに之を取り、我胸の上に載せたりしかば、に最も美しき早池峰の山を得、姉たちは六角牛と石神とを得たり
  4. `若き三人の女神各三の山に住し今もこれを領したまふ故に、遠野の女どもは其を畏れて今も此山には遊ばずと云へり

注釈

`この一里は小道即ち板東道なり、一里が五丁又は六丁なり
`タツソベもアイヌ語なるべし岩手郡玉山村にも同じ大字あり
`上郷村大字来内、ライナイもアイヌ語にてライは死のことナイは沢なり、水の静かなるよりの名か