二六尿前の関

現代語訳

  1. `出羽仙台街道を西へと向かい、南部領へ通ずる奥州街道を遥かに眺めて、岩出の里に泊まる
  2. `藤原信実の歌都にて 問はば答へん 小黒崎 みつの小島に つとはなくともなどに詠まれた小黒崎藤原家隆の歌蛍飛ぶ みつの小島の 旅人は 都を恋ふる たまやかくらんなどに詠まれた美豆小島を過ぎて、鳴子の湯から尿前の関に差しかかり、出羽国へ越えるつもりである
  3. `この道は旅人がほとんど通らない所なので、関守に怪しまれて、やっとのことで関を越えた
  4. `高い中山峠を上るうち、日は既に落ちていたので、国境の役人を務める新庄藩堺田の庄屋・有路家新右衛門兄の家を見つけたので、宿を求めた
  5. `三日間風雨荒れて、仕方なく山中に滞在することになった
  6. ` 馬の尿する 枕元
  1. `主人が言うには、
  2. `ここから出羽国へは、中山峠が立ちはだかって、道もはっきりしないので、道案内の人を頼んだほうがいい
  3. `とのことであった
  4. `それでは
  5. `と言って、人を頼むと、屈強な若者が反脇指を差し、の杖を携えて、我々の前に立って歩いた
  6. `今日こそ、きっと危ない目に遭う日に違いない
  7. `と、恐る恐る後について行く
  8. `主人の言葉に違わず、高山は森深く、王安石の詩『鍾山即事』の一鳥鳴かず 山更にかなりという一節さながら、鳥の声ひとつ聞こえず、木の下闇は鬱蒼として夜を行くがごときであった
  9. `杜甫の詩『鄭駙馬潜曜洞中に宴す』の風磴入りて雲端という一節さながら、風に巻き上げられた土砂が雲の切れ間から吹きつけるような心地がして、篠の中を踏み分け踏み分け、水辺をわたり、岩に躓いて、肌に冷や汗をかきつつ、最上の庄に出た
  10. `この案内してくれた男の語ることには
  11. `この道では必ずよからぬことが起こる
  12. `何事もなくお送りできてなにより
  13. `と、喜んで帰っていった
  14. `後で聞いてすら胸がどきどきした