閑居随想

現代語訳

  1. `ここに住み始めた当初は暫時と思っていたが、気がつけば五年を経ていた
  2. `仮の庵も次第に古くなり、軒には朽ち葉が積もり、土台は苔生した
  3. `ふとした便りに都の事情を聞けば、この山に隠ってから、偉い人々がずいぶんと亡くなったようである
  4. `ましてや話に出てこない人々の数といったらどれほどであろうか
  5. `度々の火災で焼けた家もまた相当あるに違いない
  6. `我が仮の屋だけはなんの恐れもなくのどかである
  7. `少し狭いとはいえ、夜の寝床はあるし、昼の居間もある
  8. `独り身を宿すのに不自由はない
  9. `やどかりは小さな貝を好む
  10. `それは己を知っているからである
  11. `みさごは荒磯にいる
  12. `それは人を恐れるためである
  13. `私も同様である
  14. `身の程を知り、世の中を知るからには、願わず、交わらず、ただ静かなることを望み、愁えのないことを楽しみとする
  1. `世の人が住まいを造るのは、必ずしも自分のためだけではない
  2. `ある人は妻子や下僕のために造り、ある人は仲のいい友人ために造る
  3. `ある人は主君や師匠および財産や牛馬のためにさえこれを造る
  4. `私のは自分のためだけに庵を結んだ
  5. `他人のためではない
  6. `どんな理由かというと、今の世の習い、この身の有様、伴侶もいなければ頼れる下僕もいない
  7. `たとえ広い屋敷を建てたところで、誰かを泊めたり迎えたりすることもない
  8. `人の友たる者は、裕福なことを重要視し、知己を優先する
  9. `必ずしも情けある人や素直な人を愛するとは限らない
  10. `それなら、音楽や花鳥風月を友としたほうがよい
  11. `人に雇われている者は、賞罰がきちんとしているところを好み、高い手当てを出してくれる主をありがたがる
  12. `さらに、激務に愚痴をこぼしてはいても、手持ち無沙汰になるのを願うわけではない
  13. `ただ、己を下僕の身としたいだけである
  14. `もし、すべきことがあるなら、私は自分でやる
  15. `簡単なものばかりではないが、人を雇って監視するよりよほどたやすい
  16. `歩く必要があるなら、自分で歩く
  17. `苦しいときもあるが、馬だ鞍だ牛だ車だと悩むよりずっといい
  1. `今、我が身を分けて、二つの用をさせている
  2. `手は下僕、足は車、共に自分の思うままである
  3. `また我が心は己が身体を知っているので、苦しいときは休ませ、元気なときには働かす
  4. `働かすといっても頻繁に過労はさせず、物憂いといっても心に無理をさせることはしない
  5. `なにより、常に歩き、常に働くことは、養生になる
  6. `ゆえに怠惰な暮らしはしない
  7. `人を悩ますのもまた罪である
  8. `どうして他人の力を借りる必要があろう
  1. `衣食の類もまた同じである
  2. `藤皮の衣も麻の布団も、あれば肌を隠せ、野辺の茅萱や峰の木の実も、あればなんとか命をつなげる
  3. `人と交流しないから、姿を恥じることもない
  4. `食糧は乏しく不十分だが、味わえば旨味もある
  5. `すべてこうしたことは裕福な人に対して言うのではなく、ただ我が身一つにとって、昔と今とを較べているだけである
  1. `世を逃れ、身を捨ててから、恨みもなければ恐れもなくなった
  2. `命は天の運に任せて、惜しまず厭まず
  3. `身を浮雲になぞらえて、頼りにもせず不足ともせず
  4. `一生の楽しみは、うたた寝の枕の上に極まり、生涯の望みは四季折々の美景を見ることに残るばかりである
  1. `人間界は心ひとつである
  2. `心が安らかでなければ、牛馬珍宝などどうでもよく、宮殿楼閣も欲しくない
  3. `今、侘しい一間だけの庵を私は愛している
  4. `都へ出て、物乞いをすることを恥ずかしく思いはするが、ここにいるときは、他の俗塵にまみれている人々を哀れに思う
  5. `もし私の言うことを疑うなら、魚や鳥の有様を見るがいい
  6. `魚は水に飽きない
  7. `魚でなければその心はわからない
  8. `鳥は林を好む
  9. `鳥でなければその心はわからない
  10. `閑居の楽しさも同様である
  11. `経験もせずに、どうしてそのよさがわかるだろうか