方丈の庵

現代語訳

  1. `さて、六十歳の命が露のように消える頃になり、晩年を過ごす住まいを構えることになった
  2. `言わば、旅人が一夜の宿を作り、老いた蚕が繭を作るようなものである
  3. `前回の住まいに較べたら、百分の一にも及ばない
  4. `あれこれ言う間に齢は年々重なって、住まいは転居するたびに狭くなっていった
  5. `その家は、世間一般のものとはずいぶん違い、広さはわずかに一丈四方、高さは七尺に満たない
  6. `ここがいいと決めた地はなかったため、土地を所有しては建てなかった
  7. `土台を組み、屋根を葺き、継ぎ目ごとに掛け金を掛けた
  8. `もし気に入らないことがあれば容易に引っ越せるようにである
  9. `その建て直しに手間などかからない
  10. `車に積んでもわずか二台分である
  11. `車の手間賃の以外は一切金がかからない
  1. `今、日野山の奥に隠遁して、南に庇を出して竹の簀の子を敷き、その西に閼伽棚を作り、内側には西の垣根のそばに阿弥陀の画像を安置し奉り、落日を受けて眉間の光に見えるようにした
  2. `その帳の扉に普賢菩薩と不動明王の像を掛けた
  3. `来たの障子の上に小さな棚をこしらえて、黒皮のつづらを三つ置いた
  4. `そこには和歌・管弦・往生要集といったものの注釈を入れてある
  5. `そばに琴・琵琶それぞれ一張を立てた
  6. `いわゆる折琴・継琵琶である
  7. `東には開いた蕨の穂を敷いて寝床とした
  8. `東の垣根に窓を開けて、ここに文机を出した
  9. `枕の方に炭櫃がある
  10. `柴を折ってくべ、炊事するようにした
  11. `庵の北の狭い土地を簡素な姫垣で囲って庭にした
  12. `そこにさまざまな薬草を植えた
  13. `仮の庵はざっとこのようなものである
  1. `その周辺はというと、南に懸樋がある
  2. `岩を立てて水を溜めてある
  3. `林が近いので小枝を拾うのに不自由しない
  4. `地名を外山という
  5. `正木のかずらが小道を埋めている
  6. `谷は草木が繁っているが、西は見晴らしがよい
  7. `西方浄土からの便りがありそうな気配である
  8. `春は藤の花を眺める
  9. `往生の際にたなびく紫雲のようで、西方に匂う
  10. `夏はほととぎすの声を聞く
  11. `語らうごとに、死出の旅路の案内を頼む
  12. `秋はひぐらしの声が耳を満たす
  13. `はかない世を悲しんでいるように聞こえる
  14. `冬は雪を観賞する
  15. `積もり消える様子は成仏を妨げる悪しき行いに重なり見える
  1. `もし念仏する気になれず、読経に集中できないときは、好きに休んで好きに怠っても、妨げる人もなければ恥ずべき友もいない
  2. `故意に無言の行をしているわけではないが、一人だから口から出る災いも起こらない
  3. `必ずしも禁戒を守ってはいないが、こういう環境なので破戒のしようがない
  4. `もし、船跡の白波に我が身を重ねる朝ならば、岡の屋に行き交う船を眺め、沙弥満誓の風情を盗んで詩歌を詠み、もし風が桂の葉を鳴らす夕べならば、潯陽江を思い浮かべて源都督経信の琵琶を真似る
  5. `もし飽きがこなければ、しばしば松風の響きに秋風楽を合わせて奏で、水の音に合わせて流泉の曲を奏でる
  6. `腕はつたないが、人に聴かせ楽しませるためではない
  7. `一人で奏で一人で詠じ、自らの心を養うだけである
  1. `また、麓に一軒の柴葺きの庵がある
  2. `山守が住む所である
  3. `そこに小童がいる
  4. `時々遊びにやって来る
  5. `暇な時には彼を友として遊び歩く
  6. `彼は十六歳、私は六十歳
  7. `年齢差は大きいが、心を慰めるには関係がない
  8. `あるときは茅萱の花穂を摘み、岩梨を採る
  9. `むかごを採り、芹を摘む
  10. `あるときは、山裾の水田に行って落穂を拾い、穂組を作る
  11. `もし日がうららかならば、峰によじ登って遥かに故郷の空を臨み、木幡山・伏見の里・鳥羽・羽束師の方を眺める
  12. `景勝地でも地主はいないので、思う存分楽しんだところで誰にも何も言われない
  1. `足腰も丈夫なので、遠くへ行きたいと思えば、峰伝いに炭山を越え、笠取を過ぎて、岩間寺へ詣で、石山寺を拝む
  2. `あるいは、粟津の原をかき分けて、蝉丸の翁の訪ね、田上川を渡って猿丸太夫の墓を訪ね、帰りには折々桜を眺め紅葉を探し、蕨を摘み木の実を拾っては、仏前に供えたり家に備蓄したりする
  3. `夜が静かなときは、窓の月に古人を偲び、猿の鳴き声に袖を濡らす
  4. `草むらの蛍は遠く真木島の篝火に見紛い、暁の雨は木の葉を吹く嵐に似ている
  5. `山鳥がほろほろと鳴くのを聞いても父か母かと疑い、峰の鹿が馴れ近づくにつけても俗世を離れたことを実感する
  6. `ときには埋み火をかき熾して、老いの寝覚めの相手をさせる
  7. `深く険しい山ではないが、梟の声に耳を傾けるにつけても、折々の山の情趣は尽きることがない
  8. `なおさら、洞察力の深い人にとってはこれを超えるものがあろう