福原遷都

現代語訳

  1. `また同年六月の頃、突然の遷都があった
  2. `実に思いがけない出来事であった
  3. `凡そ平安京の起源を聞けば、嵯峨天皇の時代に都と定まってから既に数百年を経ている
  4. `よほどの理由がなければそうたやすく改められるはずもないから、人々がひどく愁えたのも当然である
  5. `しかし、もはや四の五の言っても始まらないので、帝をはじめ大臣・公卿は皆摂津国難波の京へお遷りになってしまった
  6. `朝廷に仕える人々が誰がひとり旧都に残るであろうか
  7. `官位の昇進に望みをかけ、主君の恩恵に与ろうとする人々は一日も早く移ろうと努めた
  8. `時機をを失い世に取り残されて夢なき人々は愁えながら旧都に留まっていた
  9. `軒を争っていた人々の住まいは日を経るにつれて荒れていく
  10. `家は取り壊されて淀川に浮かび、跡地は畑となった
  11. `人々は心変わりし、ただ馬や鞍ばかり重要視する
  12. `牛や車を用いる人はない
  13. `九州・四国の領地を望み、東北の荘園は敬遠されるようになった
  1. `その頃ちょうど用があり、摂津国の新都を訪れた
  2. `地形を見てみると、その地は面積が狭く、条里を割るには面積が足りない
  3. `北は山に沿って高く、南は海に近くて低くなっている
  4. `波の音は常に騒がしく、潮風はとくに激しく、内裏は山の中なので、かの木丸殿もこうであったかと、却って風変わりな情趣も感じられた
  5. `日々壊し、川がいっぱいになるほど筏で運ぶ家々は、どこに造っているのか
  6. `なお空き地は多く、できた家は少ない
  7. `旧都は既に荒廃し、新都はいまだ完成を見ない
  8. `ありとあらゆる人々は、皆浮雲の心地でいる
  9. `昔からこの地にいる者は、土地を取り上げられて愁え、移り住んできた人は普請の苦労を嘆く
  10. `路傍を見れば、牛車に乗るはずの公卿が馬に乗り、衣冠・布衣のはずが直垂を着ている
  11. `都の風俗はたちまち変わって、ただの鄙びた武士のようであった
  12. `これは世の乱れる前兆であると聞いていたとおりで、日を経るにつれて世は騒がしくなり、人の心も穏やかでなく、民衆の愁えはついに現実となったため、同じ年の冬、ついに帝は都還りをなさった
  13. `しかし、取り壊してしまった家々はどうなったのか
  14. `すべてが復元されたわけではなかった
  1. `伝え聞くところによると、昔の賢帝の時代には愛情をもって国を治められたという
  2. `たとえば、宮殿の屋根には茅を葺き、その軒さえ切り揃えなかった
  3. `煙が少ないのを御覧になると、限りある税までも免除された
  4. `民を恵み、世を救おうとなさったからである
  5. `今の世の有様は、昔と較べたらよくわかるであろう