六〇南都返牒

原文

  1. `南都の大衆この状を披見して一味同心に僉議してやがて返牒をこそ送りけれ
  2. `その返牒に曰く
  1. ``興福寺牒園城寺衙
  2. ``来牒被一紙
  3. ``右為入道浄海滅貴寺之仏法由之事牒
  1. ``玉泉玉花両家宗義金章金句同出一代教文
  2. ``南京北京共以如来弟子
  3. ``自寺他寺互可伏調達魔障
  1. ``抑清盛入道平氏糟糠武家塵芥也
  2. ``祖父正盛蔵人仕五位家諸国受領之鞭
  3. ``大蔵卿為房賀州刺史之古補検非所修理大夫顕季為播磨大守昔任厩別当職
  4. ``然親父忠盛許昇殿時都鄙老少皆惜蓬戸之瑕瑾内外栄幸各啼馬台之讖文
  5. ``忠盛雖青雲之翅世民猶軽白屋之種
  6. ``名青侍無其家
  1. ``然去平治元年十二月太上天皇感一戦之功不次賞以来高上相国兼賜兵仗
  2. ``男子或辱台階或連羽林
  3. ``女子或備中宮職或蒙准后之宣
  4. ``群弟庶子皆歩棘路其孫彼甥尽割竹符
  5. ``加之統領九州進退百司奴婢皆成僕従
  6. ``一毛違心雖王侯之片言逆耳雖公卿搦
  7. ``是或為一旦身命或思片時凌蹂万乗聖主猶作面転之媚重代家君却致膝行之礼
  8. ``代代相伝家領上宰恐巻舌雖宮宮相承之庄園権威
  9. ``勝余去年冬十一月追捕太上皇棲推流博陸公之身
  10. ``反逆甚誠絶古今
  1. ``其時我等雖行向賊衆其罪或相憚神慮或依綸言鬱陶光陰間重起軍兵打囲一院第二之親王宮処八幡三所春日大明神密垂影向仙蹕送付貴寺新羅之扉
  2. ``王法不尽旨著
  3. ``随而又貴寺捨身命守護条含識之類誰不随喜
  4. ``其時我等在遠域其情処清盛公尚鼓勇気貴寺由依風伝承兼致用意
  5. ``十八日辰之一点催大衆牒送諸寺下知末寺軍士後欲案内処青鳥飛来投芳翰
  6. ``数日鬱念一時解散
  1. ``彼唐家清涼一山苾芻猶返武宗之官兵
  2. ``況和国南北両門衆徒何不謀臣邪類
  3. ``克固梁園左右陣我等進発之告
  4. ``状莫疑殆
  5. ``以牒件
  6. ``治承四年五月二十一日
  7. ``大衆等
  8. `とぞ書いたりける

書下し文

  1. ``興福寺牒園城寺衙
  2. ``来牒一紙に載せられたり
  3. ``右入道浄海が為に貴寺の仏法を滅ぼさんとする由の事牒す
  1. ``玉泉玉花両家の宗義を立つといへども金章金句同じく一代の教文より出でたり
  2. ``南京北京共に以て如の来弟子たり
  3. ``自寺他寺互ひに調達が魔障を伏すべし
  1. ``抑も清盛入道は平氏の糟糠武家の塵芥なり
  2. ``祖父正盛蔵人五位の家に仕へて諸国受領の鞭を執る
  3. ``大蔵卿為房賀州刺史の古検非所に補し修理大夫顕季播磨大守たりし昔厩別当職に任ず
  4. ``然るを親父忠盛昇殿を許されし時都鄙の老少皆蓬戸瑕瑾を惜しみ内外の栄幸各馬台の讖文に啼く
  5. ``忠盛青雲の翅を刷ふといへども世の民なほ白屋の種を軽んず
  6. ``名を惜しむ青侍その家に望む事なし
  1. ``然るを去んぬる平治元年十二月太上天皇一戦の功を感じて不次の賞を授け給ひしより以来高く相国に上り兼ねて兵仗を賜はる
  2. ``男子或いは台階を忝うし或いは羽林に連なる
  3. ``女子或いは中宮職に備はり或いは准后の宣を蒙る
  4. ``群弟庶子皆棘路に歩みその孫かの甥悉く竹符を割く
  5. ``しかのみならず九州を統領し百司を進退して奴婢皆僕従と成す
  6. ``一毛心に違へば王侯といへどもこれを捕らへ片言耳に逆ふれば公卿といへどもこれを搦む
  7. ``これによつて或いは一旦の身命を延べんが為或いは片時の凌蹂を遁れんと思つて万乗の聖主なほ面転の媚をなし重代家君却つて膝行の礼を致す
  8. ``代々相伝の家領を奪ふといへども上宰も恐れて舌を巻き宮々相承の庄園を取るといへども権威に憚つてもの言ふ事なし
  9. ``勝つに乗るあまり去年の冬十一月太上皇の棲を追捕し博陸公の身を推し流す
  10. ``反逆の甚しき事誠に古今に絶えたり
  1. ``その時我等須く賊衆に行き向かひてその罪を問ふべしといへども或いは神慮に相憚り或いは綸言と称するによつて鬱陶を押さへ光陰を送る間重ねて軍兵を起して一院第二の親王宮をうち囲む処に八幡三所春日大明神密かに影向を垂れ仙蹕を捧げ奉り貴寺に送り付けて新羅の扉に預け奉る
  2. ``王法尽くべからざる旨明らけし
  3. ``随つてまた貴寺身命を捨てて守護し奉る条含識の類誰か随喜せざらん
  4. ``その時我等遠域にあつてその情を感ずる処に清盛公なほ勇気を鼓して貴寺に入らんとする由仄かに伝へ承るによつて予て用意を致す
  5. ``十八日辰の一点に大衆を催し諸寺に牒送し末寺に下知し軍士を得て後案内を達せんとする処に青鳥飛び来たりて芳翰を投げたり
  6. ``数日鬱念一時に解散す
  1. ``かの唐家清涼一山苾芻なほ武宗の官兵を返す
  2. ``況や和国南北両門の衆徒何ぞ謀臣の邪類を掃はざらんや
  3. ``克く梁園左右の陣を固めて宜しく我等が進発の告げを待つべし
  4. ``状を察して疑殆をなす事なかれ
  5. ``以て牒す件の如し
  6. ``治承四年五月二十一日
  7. ``大衆等